[スタッフインタビュー#3 すーさん]『すーさんの働き方』

[スタッフインタビュー#3 すーさん]『すーさんの働き方』

いつも物腰柔らかで優しく、後輩想いのすーさん。彼のこれまでとこれから聞きました。

(インタビュー日:2021年6月24日)

<話し手><br>すーさん
<話し手>
すーさん

1993年福島県生まれ、茨城県育ち。新卒で旅行会社に勤め、海外出張等を取り扱う部署の営業職。長野市に移住して約1年。NHK長野『ブラナガノ』にむ〜隊長として出演中。現在1166バックパッカーズアルバイトスタッフ。

<聞き手><br>菅田詩乃(すがたしの)
<聞き手>
菅田詩乃(すがたしの)

1987年生まれ。宮城県仙台市出身。2021年4月から岩手県奥州市在住。同年7月初旬まで“宿のスタッフにインタビューするヘルパー”として1166バックパッカーズに滞在。


街歩きの始まり

菅田詩乃(以下、菅田) すーさんといえば、街歩きですよね。ゲストを連れて実際に宿の周辺を案内しているし、ブログもやっていて、それがきっかけでNHK長野の『ブラナガノ』にも出演していて。いつから街を歩いていたんでしょうか。

すーさん(以下、すー) 一番初めは一人で遠出をした小学5年生の時ですかね。当時父親が単身赴任で山梨県にいたので、茨城県から会いに行きました。一人で東京に行って街をふらふらし始めたのは小学6年生の時です。

菅田 随分小さな頃から歩いていたんですね。

すー 本格的に始めたのは高校生の頃で、写真部だったのでカメラを持って街を歩くというのが、今につながる街歩きですかね。この看板面白いな〜と思いながら歩いていました。

菅田 看板が気になっていたんですね。

すー 人物写真よりも、看板や物を撮ることが多かったんです。独自の視点で風景を切り取るようにしていました。例えば公園にあるオブジェに、一緒に撮影している人に入ってもらって、穴から手だけ出してもらって撮っていました。

菅田 面白いねー

すー 写真としてきれいというよりも、切り取り方が面白いかもっていうのを重視していました。今改めて見るとシュールですが・・・。そんな作品をよく撮っていましたね。

(2010年すーさんが高校2年生の時の作品。)

菅田 本格的な街歩きのきっかけは写真撮影だったんですね。ブログにまとめていたのでしょうか。

すー 高校生の頃は全然。でも何かを発信するという行為が好きではあったんです。その延長線上で、作品として発信できるものはないかなと思って、社会人になってからブログを書き始めたんですよね。

菅田 作品づくりという側面があるんですね。

すー 文章も写真と同じで、着眼点を意識しています。文章うまい、もありがたいですが、視点が面白いこんなところ気づかなかった、と言われるのがうれしいですね。

菅田 街歩きもまさにそうですもんね。同じ道を歩いていても案内されないと気づけないことも多いし。すーさんは、周りの人に新しい視点を持ってもらうみたいなことが好きなんですかね。

すー 確かに、そうかも。好きですね。

菅田 すーさんがゲストにお店や場所をご案内している姿を見ていても、街に対して面白かったり、新しい視点を持ってもらえるようにしているのを感じるんですよね。

すー ガイドブック等はそれはそれで見ればいいと思うんですよね。でも、せっかく対面で案内するんだったら、ガイドブックとは違った部分に焦点を当ててもいいんじゃないかなって思うんです。

菅田 ゲストを連れての街歩きは、街に対して新しい視点を持ってもらえるようなご案内ができるし、結構楽しいんじゃないですか?

すー 今でこそ楽しいですけど、一番始めは引き出しがないので質問されても答えられないし大変でした。僕は案内のプロではないし、自分が見たことがないものをうまく案内できないんですよね。そんな中で、宿で一晩過ごしたゲストの好みや興味を把握して、朝に街を案内するのはやりがいがありますね。

仕事を変えるきっかけ

菅田 仕事を変えようと思ったきっかけはどんなことだったのでしょう。

すー 2019年12月〜2020年1月まで2ヶ月間、前職の旅行会社のプロジェクトでインドに滞在していたのですが、インドでは業務時間が普段の東京よりも短くて、先のことを考える余裕がありました。インドに行く前から移住にも転職にも興味があったので、転職サイトに登録し興味のある求人をこっそり見ていました。

菅田 インドにいる時にウェブ上で求人に応募したんですよね。

すー はい。帰国してほどなく、ある町の地域おこし協力隊の内定をもらいました。でもその時は着任するのが仕事のスケジュール的に厳しくなってしまい、お断りしたんです。だけどこのまま旅行会社で働き続けるのかなともやもやしてしまって。何ヵ月かのうちに本気で動き出そうかなという話を上司にしたら、コロナウィルスで仕事がなくなっているタイミングでもあったしすんなり辞めることになったんです。

菅田 結構急に決まったんですね。

すー でも“切られた”って感じでは全然ないんです。相談した上司はとてもいい人で、それまでも気にかけてくれていて。インドに行く前、僕の様子を見ていて正直長くないだろうなって思っていたみたいです。すぐに退職するという選択肢を出してくれて、僕としても動きやすかったです。辞めるぞ、っていうよりも、辞めることになっちゃった、という感じが強くて。

菅田 移住を考えていたのはどんな理由なんでしょう。転職であれば、今より条件が良いところに移るだったり、理由が想像しやすいですが、住む場所を変えるというのはどんな背景があるのでしょうか。

すー もともと旅好きだったのもありますし、理想はどこでも仕事ができる生活がしたいと思っていたんです。だから移住というよりも、多拠点というのに興味がありました。東京での会社員時代には、そのようなことに関心のある人が集まるイベントによく参加しました。だから自然と選択肢のひとつとして出てきたというのはありますね。

菅田 なるほどー。

すー 多拠点等に興味があったところから、なぜ移住することになったのかという部分は、会社員2年目までに、日本全国47都道府県全てに行ったことが関係しています。

菅田 全てに?!すごい。

すー それで最後47番目の宮崎県に旅をした時に、思いの外達成感がなかったんです。なんでかなって考えたときに、やっぱり、浅いなって。全国に知り合いがいるとはいえ、行ったことがあるだけで、行きつけの店があるわけでもなく。それが面白くないなぁって。だからどこかに一ヶ所、根を張る場所があるといいなぁ、面白いんじゃないかなって考え始めたんですよね。

菅田 じゃあ、タイミングよく行ったことのある長野で求人が出てご縁がありましたね。

すー はい、直感なんですよね。落ちる気がしませんでした。なんとなく自分が長野に行くところまで想像できてしまったんですよ。

菅田 実際採用だから直感当たりましたね。

すー 僕が求人に応募する前からコロナウィルスが広がってきていて、すでにどこのゲストハウスも段々客足が遠のいてきた時ですけど、そのタイミングで呼ばれた気がしたんですよね。厳しくなりそう、厳しくなってしまった時に、僕は行くべきなんじゃないかなってふと感じたんです。

菅田 感じたんですねー

すー 言葉は良くないですが、「このゲストハウス業界と心中してこい」っていう声が聞こえたんですよ(笑)

菅田 面白いね~はっはっは

すー いつどんな時にその声が聞こえたかは忘れちゃったんですけどね。

(ゲストを連れて街歩きに行く。宿の周りの小さな看板や見落としてしまいそうな案内を丁寧にする。歴史や店主の想い等を織り交ぜることも多い。)

自分の目で見ること、自分だからできること

菅田 それまでの会社員と、ゲストハウスのスタッフって働き方が違うだろうなって思うんですけど、それは自分で選んだのでしょうか。

すー そうですね、一度会社員をやめたかったんです。実は大学時代すごく就職活動で苦労していて。売り手市場で周りはあまり苦労せずに内定が出た人が多かったんです。その中で、自分だけ全然うまくいかなくて。その時から企業の文化に馴染めないなって思っていたんです。

菅田 そうだったんですね。

すー 転職の時も、転職サイトに登録して活動してって新卒の時の就職活動と同じだなって。すごく・・・劣等感を感じたことがフラッシュバックしてしまって。まったく進まなくなったんですよね。だから、「会社員としてお呼びでない」んだなって思ったんです。街歩きで見たところしかうまく案内できない部分と重なるんですけど、面接官と急に一対一で会って、惹きつける話ができないんですよね。

菅田 分かる気がする。入社してどこの部署でどんな仕事をするのか分からない、さらに面接官もどんな人か分からないのに、何の話をしたらいいんだろうってわたしも思ってしまった覚えがあります。

すー 話していて気づいたけど、1166バックパッカーズに受かるなって思ったのは情報を持っていたからなのかもしれないですね。宿に行ったこともあるし、宿オーナーの織絵さんのSNSの文章も読んでいたし、長野の街の雰囲気もなんとなく分かるし。

菅田 直感はそれまでの情報に裏付けされていたのかもしれないですね。すーさんは自分で見ること、体験することが大事な人なのかもしれないですね。

すー そうですね、それで安心感を得ているのかも。

菅田 この宿で約1年間働いて、体験もどんどん増えていますよね。それが今後につながるといいですよねぇ。

すー そうですね、長野の中であちこちにつながりが出来てきて、その中で次のステップが見つかりそうだなっていう予感がしているんですよね。このまま長野にしばらくいたいなって感じています。

菅田 自分が住んでいる土地の人間関係が全く分からない中で何かをやるのってすごく怖いと思うんですけど、すーさんの中で、こちらの方ではこの人がこんなことをやっている、っていうのが分かってきたのに安心したり、手応えを感じているんですかね。

すー そうですね。東京に住んでいた時も、色々な場所やイベントに顔を出していたんですけど、その時よりも動きやすさがあるんですよね。当時は人に付いていって参加させてもらっているという感覚があって、意外と平等な関係性じゃなかったのかもしれないですね。

菅田 なるほど。

すー つながりはできるんですけど、そこに自分が居るという感じがしなくて。長野でのつながりは、誘ってもらってできたものでも、“自分だから”できたものっていう感覚があるんですよね。

菅田 自分だから、かぁ。

すー それこそNHKの番組も、もっと普通の旅番組だったら他に適任者がいたと思うんです。でも僕のブログ等を見てオファーをしてくれて、番組内容も僕のキャラクターを活かせるもので、いままでそんなことなかったんですよね。自分の持っている特徴等をを引き出してもらえるのは、すごく手応えがありますよね。

菅田 それはやっぱりうれしいですよね。自分の好きなことでなにかやらせてもらえたり、反応があったり、それって自分が認められているなとか、ここにいていいんだって思えることですよね。そんな場所がすーさんにとっては長野なのかなと聞いていて思ったのですが、どうでしょう。

すー 僕もそう思いますね。自己肯定感が低くて、失敗ばかりしてきたという感覚があるので、そんな人でもなんだかんだ楽しくやっている、生きていてもいいよっていうところを見せられたらいいなって思っています。

(すーさんと出会って日は浅いが、アラサーの悩みをよく語り合う。お互い前向きに生きたいものだ)