強さと弱さの間で

 今回の新型コロナウィルスはボディブローのようにじわじわと痛めつけてくる。そんな難しい時期のなか、小さくとも事業を営むものとして「いやいや、大丈夫!まだまだやれることがある」と身体の中で底知れぬやる気が湧いてくることがある。根拠も手応えもないんだけれど、それでも何かアドレナリンのようなものが出ている。

 一方でキューっと心臓周りが収縮するような気持ちになる瞬間もある。急に弱気になって、「あぁ、このままで大丈夫なんだろうか。海外勢が期待できないなか、唯一頼みの日本人の旅人に1166バックパッカーズは忘れられていないだろうか…」なんて弱気な思いが頭を離れなくなる。

 思えば開業して以来、この強さと弱さを、ゆっくりと往来している。そして弱さの海のなかでふと思う。「あぁ、こうして同じように弱さのなかにいる人もいるかもしれない。私が強さのなかで意味不明の闘志を燃やしているときに、弱さの海で浮かんでいる人もいるかもしれない」と。

 たぶんこれは、コロナどうこうの問題ではない。常に、ひとりの人間のなかで、心が強い状態のときもあれば、弱いときもある。弱い人はいつも弱い訳ではなく、強い人はいつも強い訳ではなく。強いと弱いは紙一重なのだ。

 自分が弱っているときにはなかなか他に手を差し伸べる体力はないかもしれないけれど、それでも、どこかで同じように弱っている人がいるかもしれないということは、仲間を感じ孤独を忘れさせる。自分がいい状態のときは寄り添える人間になりたい。そして、弱っているひとは、決していつも弱っているわけではないということも忘れてはいけない。弱ることは当たり前のことだと思いたい。弱るときもあれば、アドレナリンが出まくる時もある。私も、いつも往来しているのだ。

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